来 歴

明日は


昨日は満足したものも孤独なものも
湿つた土枯れた草の下積みになつて
息をひそめて休めば事足りた
死者が出口のない森の奥で
石に頭をおさえられていた時代
昨日の掟には耳をかさないでいい

昨日は一人か二人で生きた日々
春の夕暮の長い散歩
屈託のない野うさぎのひとつがい
花のしとねに身を横たえて
甘美な歌を待つようなしぐさを
私たちはもう愛とはよばない

或る朝私たちは幽霊のように
もうろうと森の奥から出てきた
昨日と明日を二つながら肩に
暗さと明るさを交互にくちびるに
寡婦のあごのようにその仮面は重たい
今日は東の白い雲の意味もまだ解けない

今日はみすぼらしい衣服の下に
鋼鉄よりもかたく腕と腕をくむ
風がどの方向へふいているのか
えもの一つのがさない精悍な眼
石から火を作るやり方で
私たちはどんよくな知恵を駆使しよう

花一枝咲かない町の中へ
蜜柑色の太陽は何度帰つて来たことか
あれは私たちのように不死身だ
無意味を意味に返すため
枯葉を新芽にかえるため
明日は私たちに似て太陽のように不滅だ
明日は地球あげての祭礼
大きい旗も小さい旗もひとしなみの高さにかかげられる
傾斜のきつい階段を用心深く下りてくる彼らに
私たちの笛より一オクタアブ高く吹く彼女らに
私たちのいやに丈のたかい影がぴつたり重なる日
明日は共にした苦しみが巨大な実になつてはじけ出す時だ

来歴目次